#01 蛍光鉱物との出会い

孵化したヒヨコがもらえると聞いて地元の科学センターに一人で出かけた小学生の僕は,蛍光鉱物の展示に出会った.ボタンを押すと円形の展示台が回転し,ならべられた蛍光鉱物がひとつひとつ紫外線ライトで照らされ発光するのだ.その情景を今でもよく覚えているが,蛍光鉱物に強い関心をもったかと問われるとそういうわけでもない.どちらかと言えば地味な展示で,手にとって見られないのも子供の僕には不満だった.インターネットも無ければ,鉱物のお店も知らない.鉱物収集という趣味自体が今にもましてマイナーだった.登山が好きだったから山道の石ころには興味があり,小さな水晶を拾って持ち帰ったこともあったが,所詮その程度だ.長い間,鉱物は僕には遠い存在だった.


高校で僕は化学と物理学に興味をもち,将来は物質の色を論理的に説明できるようになるんだと息巻いていた.面倒くさい高校生である.気づけば大学で量子力学を専門にし,南カリフォルニアで研究員として働いていた.ある日,暇つぶしに EBAY を見ていた僕は米国でウランガラスが人気なのを知った.微量ウランを含むガラスで,長波紫外線をあてると光る.そこでふと蛍光鉱物を思い出した.米国でも手に入るだろうか.いくつかのウェブサイトで米国ニュージャージー州が蛍光鉱物のメッカと知った.とうの昔に閉山した二つの亜鉛鉱山,フランクリン鉱山(1700 年代 − 1954 年)とスターリングヒル鉱山(18481986 年)が世界の蛍光鉱物コレクターの聖地らしい.日本では注目されていないが,米国人コレクターたちは七十年以上も前からせっせと鉱山に通いつめ,ズリに紫外線ランプをあて続けていた.閉山して収穫が極端に減ってしまった今も彼らの熱は冷めない.

 「米国土産のお薦めは何か? メイド・イン・アメリカとかいた全てだ」 *1

と大家さんから聞いていた僕は,すぐさまフランクリン鉱山の石(右の写真)を一つ購入した.米国の思い出だからと奮発したのを覚えている.思えば相場より少し高かった.多くの鉱物で綺麗な蛍光を見るには普通のブラックライト(長波紫外線)では駄目だ.短波紫外線が出る 40ドルの電池式ポータブルライトもあわせて購入した.

石が届いたその日,僕はそそくさとクローゼットに入り,扉を閉め,暗やみの中でこぶし大の石をのぞき込んだ.赤,緑,青紫,橙の光が飛びこんできた.遠いフランクリンの坑道の夜空がカリフォルニアにやってきた.そうして僕は蛍光鉱物の世界に踏みいった.


 



*1. それほどメイド・イン・チャイナが席巻している.