#05 蛍光鉱物と色彩

このページではすこし小難しい話をする.興味の無い人はスキップしてほしい.

蛍光鉱物はさまざまな色の蛍光を示す.その理解の基礎になるのが,鉱物中に微量に含まれるアクチベータとその蛍光スペクトルである.アクチベータの正体は色々だが,遷移金属元素や希土類元素であることが多い.たとえば ONLINE DATABASE OF LUMINESCENT MINERALSCalcite の項目には,フランクリン鉱山産 Calcite に短波紫外線を照射して得られたマンガン(II)の蛍光スペクトルがみつかる.波長 620 ナノメートルに幅の広いピークをもち,赤橙色だろうと当たりがつく.またマンガン以外のアクチベータについても,各々の蛍光スペクトルがまとめられている.そのおかげで,たとえばピンク色の Calcite が見つかれば,セリウム(III)が原因かもしれないと推測できる(セリウム(III)はセンシタイザとしても働く).スペクトルの裾野が紫の波長域に広がっているためだ.このようにスペクトルを読み解くのは,慣れない人からすると暗号のようだろう.ここでは色度図を用いて説明しよう.

鉱物の蛍光を理解するには CIE 色度図が役立つ(*1).まずは右上の図を見てみよう.XY 平面上の点にさまざまな可視光の色が割り当てられている.馬蹄形の外側の曲線上はすべて単色であり,虹の順(赤・橙・黄・緑・青・藍・紫)にならんでいることから分かるように波長で特徴付けられる(例えば 546 ナノメートルの波長は緑にあたる).一方,馬蹄形の内側はすべて単色が混じりあって出来る混合色である.その代表の白は中央の(0.33, 0.33)に位置している.内側ほど低彩度というわけだ.この図が優れているのは,複数の単色が混じった時にどのような混合色になるかが一目で予想できる点だ.色度図上の二つの単色を混ぜると,その二点を結ぶ直線上の色になる(*2).右図のように例えば 620 ナノメートルの赤橙と 430 ナノメートルの紫を混ぜると,図の直線上の色のいずれかになる(どの色になるかは混合比による).上で述べたピンク色の Calcite の例は,マンガンの赤橙とセリウムの紫をむすぶ直線上にピンクがあることから直感的に理解されたわけだ.

いまアクチベータが狭い波長域にピークをもち,単色を示すとしよう(*3).このとき混合色である白を一種類のアクチベータが示すことはできず,従って白の蛍光はふつう複数のアクチベータの存在を示唆する.補色の関係にある二種類のアクチベータ,あるいは三種類以上のアクチベータを適切な混合比で含むはずだ.三種類のアクチベータで白の蛍光を示す場合,三つの色のどんな組み合わせでも良いわけではない.色度図で三つの単色の点を結んで三角形を作ったとき,その領域の内部に白を含まなければならない.Barite の白い蛍光が特別なものに感じるのは僕だけだろうか.

このページの話題を突きつめてゆくと,人間の視覚にかかわる色彩学と物質の量子力学の二つを学ぶほかなく,その深みは果てしない.僕は後者を専門とするが,鉱物や色彩学に関してずぶの素人であり,ここで蛍光鉱物の色について正確かつ包括的に説明するには荷が重い.興味がある方のために参考文献を紹介しておく.色彩学の初歩については「光と色の話」をお勧めする(*4).

Barite の白と Calcite の赤橙


    The Collector's Book of Fluorescent MineralsM. Robbins 著)

蛍光鉱物の色を理解する上で色度図が役立つことを教えてくれた.著者はあくまでコレクターなので量子力学について誤解や混乱も多い.読み物として薦めたい.

 

    Modern Luminescence Spectroscopy of Minerals and MaterialsM. Gaft ほか著) 

    LUMINESCENT SPECTRA OF MINERALSB. S. GOROBETS ほか著)

精読していないが,M. Robbins の本よりいくらか専門的だ.さまざまな蛍光鉱物のスペクトルをアクチベータとともに整理している(この目的には ONLINE DATABASE OF LUMINESCENT MINERALS も良い).

 

    LUMINESCENT MATERIALSG. Blasse ほか著)

分光スペクトルの整理が目的だった M. GAFT の本に比べ,こちらは蛍光のメカニズムにも注目している.

 



*1. 紫外線下の蛍光の色は加法混合であり,複数のアクチベータの蛍光スペクトルを手軽に重ね合わせるうえで色度図が役立つ.絵の具の混ぜ合わせ(吸収スペクトルの減法混合)と光の混ぜ合わせ(発光スペクトルの加法混合)は別物で,白色光下の石の色には前者が,紫外線下の蛍光には後者が本質的だ.

*2. 互いに補色の関係にある二色を混ぜると白になる.このため色度図では,補色の関係にある二色はかならず白をまたいで対極の位置を占める.

*3. ただし一般には,一種類のアクチベータが単色を示すとは限らない.二重蛍光はその典型例だ.鉱物中のアクチベータが遷移金属元素の場合,結晶構造の対称性が低く配位子場分裂が歪だったり,様々なタイプの格子欠陥をアクチベータが占有できるときも混合色になり得るだろう.アクチベータが希土類元素の場合,内殻電子が発光に寄与するため相対論効果も混合色に寄与するかもしれない.

*4. 視覚の問題は実はとても難しい.たとえば反射と発光(蛍光・燐光)のメカニズムは物理的に明確に区別されるが,発光している物体を人が「光っている(まぶしい)」と感じるかどうかは目と脳の働きにも関係し,必ずしも一対一の対応関係がない.突飛な喩えだが,お金(光)の出どころが善人か悪人か(発光物体か反射物体か)を問わず,僕たちが受けとるお金に区別はなく,善悪の区別は僕たちの状況判断にもよるということだ.真夏の信号機のように発光しているのに光っていると感じないものもあれば,夜道の反射板のように反射しているだけでも光っているように感じるものもある.特に視界中のコントラストが極端に高いとき,目と脳が設定するダイナミックレンジをオーバーしてしまい,光っていると感じやすいようだ.暗やみで蛍光鉱物をみる状況はまさにその典型だ.