#06 米国フランクリン鉱山

ニュージャージー州サセックス郡にあるフランクリン鉱山の話をするとき,蛍光鉱物コレクターはこの亜鉛鉱山がいかに特別かを語らずにはいられない.亜鉛という金属はどこにでもある冴えない元素だ.しかし世界の蛍光鉱物の首都と言えばこの亜鉛鉱山なのだ.隣町オグデンスバーグのスターリングヒル鉱山だって世界に冠たる蛍光鉱物の名産地だが,その貴重な石ですら知名度から「フランクリン」と産地偽装される始末だ.フランクリン鉱山は 360 種もの鉱物が見られる世界でも類い稀な場所で,およそ 35 種の鉱物はこの鉱山に固有のものである.実に 100 種におよぶ鉱物が光り,そのうち 5 種ほどはフランクリン鉱山でしか見られない


フランクリン鉱山に固有といって差し支えない(他産地の産出量がごく少量の)蛍光鉱物は数多く,また他産地でまったく蛍光を示さない鉱物が強い蛍光を示すことも珍しくない.多数の蛍光鉱物が一つの石に集う様は美麗かつユニークで,比類する産地はほかに無い.この地域で特異的に多種多様の蛍光鉱物が見つかり,しかもいずれも明るい発光を示すのはなぜなのか.結晶構造とアクチベータに注目した物理的な解釈や地球科学の見解はあり得るだろうが,全貌解明は容易でないように思われる(*1).

スミソニアン博物館のキュレーター Jeffrey E. Post はフランクリン・スターリングヒル地域を「鉱物界の熱帯雨林」と形容し,地球の長い歴史の中でも,これほど複雑な「化学実験」が行われた場所はほかに存在しないと語っている.スターリングヒル鉱物博物館によると,現在考えられている化学実験のストーリーはこうだ(図はこちら).およそ 1.3 億年前,北米の東海岸(現在のニューヨークやニュージャージー周辺)では海洋プレートと大陸プレートが衝突していた.海洋プレートの地殻は密度が高かったため,大陸プレートの下に潜りこみ沈降した.地中深くに達した海洋プレートは一部溶融し,二つのプレートの境界(大陸プレート側)に火山帯とマグマ溜りを形成した.地中の苦鉄質マグマは鉄やマグネシウム等の金属元素を豊富に含み,地殻の裂け目から海底(背弧海盆)に噴き出した熱水が金属元素を極めて高濃度に含む浅瀬の海を生みだした.火山はこの海に炭酸カルシウムの白い泥を堆積させ,その結果,金属元素を豊富に含む泥の層が出来上がった.こうして多様な鉱物の元となる言わば実験素材が 1.3 億年前にセッティングされた.約 1 億年前,地球はいよいよ壮大な実験を開始した.プレートはたゆまず動き続け,上述の大陸プレートにもう一つの大陸プレートが衝突した.二つのプレートは密度が同程度だったため,今度は片側のプレートの単純な潜り込みは起こらなかった.二つのプレートはその境界で複雑に破砕し,ときに織り込まれた(Ottowan 造山運動).ダイナミックに隆起したところからは山脈が生まれ,逆に地中深くに沈降したところでは高温高圧下で岩石が変成を遂げた.金属リッチな浅瀬の海では,炭酸カルシウムの堆積層が深さ 15-18 キロメートルの地中に沈み,750-800 度に及ぶ高温と高圧のもとで石灰岩へ,さらには方解石(いわゆるフランクリン大理石)へと変成した.様々な金属元素はこれらの岩石中にとりこまれてアクチベータとなり,熱水変成,マグマの貫入,地表の断裂,地層の浸食,氷河作用,風雨による風化を受けて,今日の多様な蛍光鉱物が生まれた.このストーリーがどの程度正しく,今後どんな修正が加わるかは誰にも分からない.唯一確かなのは,新たな発見と活発な研究の中心地として,この地域が研究者と収集家を今後も魅了しつづけることだ.

フランクリン鉱山の蛍光鉱物には格別の魅力がある.なにしろ綺麗な石を集めているだけのつもりが,気づけばコレクションのほとんどがフランクリン鉱山産だったのだから.フランクリン鉱山は 1954 年にうち捨てられ地下水で水没したため,この産地の石の入手元は今では地上だけだ(収集家やディーラーのストック,元鉱夫のガレージ,あるいは失われゆくズリ).フランクリン鉱山にこだわる人たちに対して,古いコレクションを互いに交換するばかりで飽きないかと M. COLE は揶揄するが,抗いがたい魅力があるのも事実なのだ.M. ROBBINS はコレクター向けの本で,フランクリン鉱山の蛍光鉱物トップスターに AXINITECALCITECLINOHEDRITEESPERITEHARDYSTONITEMARGAROSANITESPHALERITEWILLEMITEWOLLASTONITE の九つを挙げた.いずれ劣らぬ美しさをもち,これらが一つの母岩の上でまばゆい光を放って競演するところを僕のサイトでもご覧頂きたいと思っている.一つの母岩に五つ以上の蛍光鉱物を含むいわゆるファイブプラスは大きさによらず極めて希少で,また美しいため,コレクターが血眼になって探している.典型的なファイブカラーの石は,赤橙の CALCITE,橙の CLINOHEDRITE,青紫の HARDYSTONITE,緑の WILLEMITE に,黄色の ESPERITE を含み,その全てが先のリストに入っている.魅力的で当然ともいえる.五番目のメンバーとして黄色の ESPERITE の代わりに赤紫の BUSTAMITE か,乳白色の BARITE,焦茶色の FLUORAPATITE を含むものもある.パーカー竪坑でしか見つからない蛍光鉱物の一群もパステルカラーで美しい.

フランクリン鉱山で見つかる主な蛍光鉱物を四つのグループに分類した(*2).下のグループほど希少である.ただし,鉱物 A も鉱物 B も豊富にあるものの,AB の組み合わせが稀な場合もある.また,鉱物の希少性は埋蔵量や産出量のほかに人気の高さにも依存する.ニーズが高まったり,秘蔵されたりすると自ずと希少になる.記号 CAC はそれぞれ石灰珪質鉱物(Calc-Silicates)とその変成鉱物,FO はスターリングヒル鉱山で見られない鉱物をさし(*3),参考程度に短波紫外線下での色と明るさも示す.なお僕のサイトでは主に英語の鉱物名を使用する.

 ★☆☆☆ 豊富   


方解石

珪亜鉛鉱

 赤橙 3

 緑 4

 

C,  AC


 ★★☆☆ やや稀  


フッ素燐灰石

重土長石

水亜鉛土

閃亜鉛鉱

 山吹 2

 赤紫 半色 1

 淡青 3

橙・ スミレ 2

C

 

 

C


 ★★★☆ 稀    


重晶石

バスタム石

斜晶石

ハーディストン石 

乳白 2

赤紫 赤銅 2

 橙 3

青紫 3

C

C,  AC

AC

C

 

 

FO

FO


 ★★★★ かなり稀 


 Cuspidine

 Esperite 

 Axinite-Mn 

 Margarosanite

 Wollastonite

 Parker Shaft Suite

カスピディン

エスパー石

マンガン斧石

マーガローサ石

珪灰石

パーカー竪坑の一群

 山吹 2 

黄 4

紅 3

 淡青・ 淡藤 3

山吹 3

AC

C

AC

AC

C,  AC

C,  AC

FO

FO

 

FO

 

FO


    明度

 1  暗い

 2  やや明るい

 3  明るい

 4  かなり明るい

基準

Hyalophane

Sphalerite

Calcite

Willemite


 



*1. 地球科学の視点では,① 不純物を取りこみ蛍光しやすい鉱物(方解石や石灰珪質鉱物)に ② 豊富な不純物(亜鉛,マンガン等の金属元素)と少ないクエンチャ(消光物質),そして ③ 複数のプレートの衝突と活発な造山運動が重なったことが原因らしい.表中に CFC でマークされた蛍光鉱物がいかに多いかに注目して欲しい.変成,熱水変質,風化作用をうけて鉱物のバリエーションが増えたとのことだ.これが地球の歴史でどれほど珍しいことなのか僕には皆目見当がつかないが,フランクリン鉱山が特別な産地であることに疑いはない.強い蛍光を示すのに適切な条件が奇跡的にそろっていたようだ.

*2. グループ分けや蛍光の記載にあたっては,短波紫外線で蛍光を示すフランクリン鉱山産の鉱物というくくりで評価した(長波紫外線での蛍光や他産地ではまた違った評価になる).僕の主観だけでなく Online Database of Luminescent MineralsChris のサイトも参考にした.蛍光の色は同じ鉱物でも様々なため,詳細はデータベースを確認してほしい.

*3. 詳しくは Franklin Mineral Museum を見て欲しい.特に FO マークのついた鉱物は,フランクリン鉱山産の石とスターリングヒル鉱山産の石を区別する上でマーカーの役割を果たす.二つの鉱山は隣町にあるため鉱物の種類も石の見かけも似ているが,FO マークの鉱物はスターリングヒル鉱山では見つからない.FOMS のページか Mindat をみれば,当該鉱山に固有の鉱物か否かもチェックできる.