#07 米国スターリングヒル鉱山

スターリングヒル鉱山はオグデンスバーグにある亜鉛鉱山で,フランクリン鉱山から目と鼻の先にある.有名なフランクリン鉱山の陰に隠れて憂き目にあってきたが,ここに固有の蛍光鉱物もあり,れっきとした蛍光鉱物の二大産地の一角だ.スターリングヒル鉱山博物館にある蛍光鉱物の絶壁グローイング・ウォール坑道レインボー・トンネルは写真を見るだけでも圧巻で,いつか訪れたいと思っている.同博物館は鉱山から石を運んできては新しいズリをつくり,蛍光鉱物の採集イベント Super Dig を催している(*1).ニューヨークから程近いこともあり盛況らしい.蛍光鉱物コミュニティの中心地としてフランクリン鉱物博物館が充実した鉱物展示を保有するのに対し,スターリングヒル鉱山博物館はアクティビティや教育活動が活発な印象だ.

スターリングヒル鉱山の運営会社 NEW JERSEY ZINC COMPANY は,ふたつの条件のもとで鉱物の私的採集を鉱夫達に認めていた.

 (1) 弁当箱に入るこぶし大までの石は持ち帰って良い

 (2) 持ち場を離れて採集のために坑道内を探索しないこと

あくまで亜鉛鉱石の採掘が目的の会社としてこうした対応は異例のもので,スターリングヒルの鉱夫達は特別な副収入ととらえていたようだ.同社はフランクリン鉱山も運営しており,その経験からの特別対応だったものと思われる.ただし危険と隣り合わせの労働環境であり,同僚を危険にさらさないためにも鉱物採集にうつつを抜かすことは許されなかった.また粉塵やオイルにまみれた坑内は,控えめに言っても蛍光鉱物の採集に向かない環境だったらしい(鉱物の発光を粉塵は覆い隠し,オイルは発光して紛れさせる).


サイト開設のためにコレクションを整理していて驚いたのは,スターリングヒル鉱山の石が数えるほどしかなかったことだ.フランクリン鉱山の姉妹鉱山だけに当然沢山の石を保有しているものと思い込んでいた.スターリングヒル鉱山では採れない Hardystonite*2)の青紫が僕のお気に入りだからかもしれない.また同じ蛍光鉱物であっても,産地によって配色パターンが大きく違う.フランクリン鉱山とスターリングヒル鉱山の Wollastonite や Barite を比べると,フランクリン鉱山産がパッチワーク模様でダイナミックな配色(このページのトップ画像)なのに対してスターリングヒル鉱山産は微細な結晶を散りばめたゴマ塩おにぎり模様の石が多く,やや地味な感が否めない.スターリングヒル鉱山の Wollastonite や Barite は豊富で入手しやすいが,僕はやはりフランクリン鉱山産が好きだ.

そんなスターリングヒル鉱山で僕がいま気になっているのは SPHALERITE だ.SPHALERITE はフランクリン鉱山ではあまり見つかっておらず,スターリングヒル鉱山が主な産地である.黄色や橙,ピンク,緑,水色,紫に蛍光し,まさに虹色の鉱物だ.配色パターンの豊富さと通好みの趣で,コレクター達はゴールデン,グリーン,マホガニー,トゥッティフルッティ等と思うがままに名前をつけて愛好している.T. S. WARREN 蛍光鉱物展示で SPHALERITE だけのコーナーが設けられているのも頷ける.短波紫外線で強く光るものが少なく,他の蛍光鉱物とならべて一斉に光らせるのが難しい点が唯一の欠点だろうか.俗に Cleiophane と呼ばれるスミレ色の Sphalerite と緑の Willemite からなる石(右上写真)を持っており,どちらの鉱物も短波紫外線で強く光り美しいが,四百グラムに満たないサイズで今ひとつインパクトに欠けるのを残念に思っていた.幸いにも 2020 年の冬,短波紫外線でスミレ色,長波紫外線でネオンオレンジ色に光る大きな Sphalerite を馴染みのコレクターから入手できた.このタイプの Sphalerite としては近年稀にみる逸品とのことなので,追って紹介したい.希少で人気の高い Golden Sphalerite とよく似ているが,Golden Sphalerite はふつう長波紫外線で黄色味の強い山吹色の蛍光を示す.

スターリングヒル鉱山の他の代表的な蛍光鉱物に,赤橙の Calcite や水色の Hydrozincite(右下写真),淡黄の Secondary Zincite がある.この産地の CALCITE の多くは,マンガン内包量が少なすぎる(または多すぎる)ため強く蛍光しない.


 



*1. フランクリン鉱山では似たイベントを Super Diggg と呼ぶ.三つも重ねられた G から意気込み(?)が伝わってくる.

*2. この鉱物は,熱水変質した CLINOHEDRITE と共に青紫と橙の美しいコンビネーションを生みだす.