#08 グリーンランド

蛍光鉱物の名産地がどこかとコレクターに尋ねたら,フランクリン鉱山とスターリングヒル鉱山の次に挙がるのが最果ての地グリーンランドだ.日本中心の世界地図では島が東西に分断され,欧州の北西に位置すると知っていても北米大陸内にあることは知らない人もいるだろう.米国による購入が取り沙汰されるほど米国本土に近く,多くの米国人コレクターが M. Cole らのグリーンランド・サマーツアーに参加して蛍光鉱物採集を楽しんでいる.新たな発見の少ないニュージャージーに対し,鉱物資源が豊富で,しかも未開拓なグリーンランドにコレクターは夢を見る.50 年前の古き良き時代が返ってきた島,それがグリーンランドだ.島の南端の Illimaussaq 貫入岩体はその特異性のため十九世紀から鉱物学者に注目されてきたが,サーモンピンクに蛍光する紅色の宝石 Tugtupite(写真)の他にも魅力的な蛍光鉱物が眠っていることをコレクターが知ったのは,ごく最近のことだ


この島に町と呼べるような人口密集地は無い.飛行機か船で上陸したコレクターは人口 1,400 人足らずの海辺の村 Narsaq で一息ついた後,蛍光鉱物の楽園 Illimaussaq に足を向ける.好天を祈りながらボートでフィヨルドを移動するか,4WD トラックで道なき道をゆく.山麓の基地に着いたら,今度は山登りだ.苦労の末,ようやく有力な候補地にたどり着いたコレクター達は意気揚々と白っぽい石を探して回り,各々の暗幕下で紫外線ランプをあて始める.地元民は宝石質の Tugtupite にしか関心が無く,取り合いにはならない.


ニュージャージーなら,夜を待って紫外線ランプで広範囲の蛍光鉱物を探索できる.しかし,グリーンランドではそうはいかない.傾斜地の上に白夜だ.この島は季候の良い夏の間,時間足らずしか日が沈まない(冬は極寒で上陸すら難しい).明るいうちに良い蛍光鉱物が見つかった場所に印を付けておき,短い夜間にせっせと蛍光鉱物を探す.見つけた石や情報を仲間と交換しながら,数週間のキャンプでコレクションを増やしてゆく.旅の終わりには自分のコレクションと飛行機の預け荷物の重量制限とを睨めっこしながら,選別に次ぐ選別だ.この島の鉱物採集は,他の地域とあらゆる意味で勝手が違う.

20 種類弱の蛍光鉱物がこれまでにグリーンランドで発見され,未だに同定すらされていない蛍光鉱物も数多い.M. Cole らは地元の企業と共同で鉱物資源持ち出しのライセンスを取得し,島から石を持ち帰ってはトリミングして,蛍光鉱物の名前も完全に分からぬままファンタジー・ロックと名付けて販売している(一般にサーモンピンクの Tugtupite,橙の Sodalite,水色の Analcime,淡桃色の Chkalovite,緑の Natrolite の五つからなるが,しばしばUnknown の蛍光鉱物も含む).そんな石を僕も彼から二つ買って大切にしている.Glowhound にとっては光ってさえいれば取りあえずそれで良く,名前が分からないというのはむしろ想像力をかき立て,冒険心をくすぐるスパイスになる.グリーンランドの蛍光鉱物をフランクリン鉱山の蛍光鉱物に比肩するという人もいる.少なくとも蛍光強度に関する限り,それは過大評価だと思う(唯一対抗できそうなのは Tugtupite くらいだろう).しかし,長時間の燐光やテネブレッセンス(Tugtupite の桃色から紅色,Sodalite (Hackmanite) の灰色から赤紫への変色)等,フランクリン鉱山産にはない楽しさがある.蛍光の色味は落ち着いたパステルカラー系で,色も明るさもここ数年で eBay に沢山出回り始めたアフガニスタン産に似ている.


グリーンランドの詳しい鉱物産地については,M. Cole がウェブや書籍で多数の情報を発信しているのでそちらを参照されたい